宇宙生活・スペースシャトルのひみつ

  • 作成:2009/05/22
  • 著者:楠高治
  • 初版:昭和56年9月25日

キャラク

  • 宇宙博士,ドン太君(太めキャラ),みっちゃん,博士の部下(?)の飛行士など
  • 博士自前のスペースシャトルX号


〔宇宙生活・スペースシャトルのひみつ,昭和56年9月25日,楠高治,P1〕

ストーリー、構成

新しい宇宙時代のまく開け

「みなさん、おはようございます。こちらはアメリカ……。ただ今より特別番組をお送りしまあす。」
 スペースシャトルコロンビア号*1の打ち上げの様子を報道しているTV番組。その様子に見入っている博士,ドン太君,みっちゃん。「わあっ発射だ!」「すてき。」「うむ……。新しい宇宙時代のまく開けだ。」
 コロンビア号は激しくジェットを噴き上げて宇宙へ旅立っていく。「スペースシャトルって今までのロケットとは形がずいぶんちがうのね。」というみっちゃんに答えて,博士はスペースシャトルのオービター*2のしくみなどを説明する。見開きカラーイラストでオービターや解剖図や打ち上げの様子が説明される。その他に,従来のロケット(スカイラブ)などとスペースシャトルとの打ち上げ方法の比較や,オービターの宇宙での活動などの説明も。
 その後,地球に無事帰還したコロンビア号。「すごい!!ぼくも行きたいよ。」というドン太君に答えて,なんと「これから宇宙に行ってみよう」と言い出す博士。


(自前のスペースシャトルをもってる博士って一体……)
〔宇宙生活・スペースシャトルのひみつ,昭和56年9月25日,楠高治,P21〕

スペースシャトルX号出発!

博士所有のスペースシャトルX号に乗り込む博士たち。ドン太君らは 発射のショックの話*3にびびるが,スペースシャトルのショックはさほどでもなく安心。固体燃料ロケットや燃料タンクを分離し高度300キロの電離圏の軌道に乗ったX号は無重力状態に。

無重力状態のふしぎなできごと

無重力状態で体がふわふわするのに驚くみっちゃん。「まあ、わたしたち重さがないの?」「さよう、このX号の中は地球と違って無重力状態なんだ。」
「地球上の物はみんな地球の引力のために地球の中心に向かって引っぱられている。」「ところが地球を回る軌道にのった宇宙船の中では引力と反対方向の遠心力も働くので引力が消されてしまうのだ。これを無重力状態というのだよ。」
 ドン太君らは博士と一緒にいろいろな実験をする。せんをしたビンを激しく振ると,無重力状態では泡が……


(おいどんが小学生のころ,この本を最初に読んだとき最も印象に残った話の一つ)
〔宇宙生活・スペースシャトルのひみつ,昭和56年9月25日,楠高治,P31〕

 他にも,牛乳を注ごうとしてもコップにつげない(無重力だから)とか,ろうそくに火をつけると炎が丸くなるとか(無重力だから),アイスキャンデーを溶かすと水がたれずに棒に付着して丸くまとまるは(無重力だから),ボールペンは使えないは(無重ry(ry)といった実験の数々が披露される。また,無重力の世界に長くいると筋肉が弱ることや,背が伸びることなどの説明もあり。

宇宙船の中の変わった生活

 「こんどは無重力状態の日常生活を体験しようね。必要なことはたくさんあるんだよ。」
 ドン太君やみっちゃんは(主にドン太君が)スカイラブ式シャワー*4やトイレやらを体験。ドン太君はトイレで見つけた穴におしっこをしようとして失敗,尿の玉が船内にちらばったりする……。さらに,大のほうを催したドン太君はスカイラブの横穴式トイレでウソコをすることに(……)


(これまでのひみつシリーズでは こーゆーシーンってあんま描かれなかった)
〔宇宙生活・スペースシャトルのひみつ,昭和56年9月25日,楠高治,P51〕

 さらに,宇宙船内でおならをする場合の問題点の紹介も。セクハラっぽい質問に照れるみっちゃん(後述)。また,博士の部下らしき男性宇宙飛行士や女性飛行士(美人)が紹介され,宇宙船内での散髪や髭剃り・化粧などの説明も。

宇宙食のうつりかわり

 「ドン太君、おまちどうさま。今度は、宇宙食のコーナーだよ。」喜ぶドン太君。
 ジェミニ宇宙船やアポロ計画などの昔の宇宙食(チューブ入り,プラスチックパック食品)から,スペースシャトルの最新式宇宙食までが紹介される。また,食後の水を使わないはみがき(歯磨き粉はそのままのみこむ……)にトライするドン太君*5。その後,壁に留める形式の寝袋で眠ることに。

スペースシャトルのいろいろな設備

 翌日,X号の操縦室に案内されるドン太君ら。景気などの説明を受けている最中,尾翼に隕石が接近(?)したとの警報が。念のため男性飛行士に調べてもらうことに。宇宙服や宇宙究明ボール*6の説明も。
 その後,故障した人工衛星を回収して,地球に帰還するX号。大気圏突入時の摩擦熱や耐熱タイルの説明。「今、このX号のまわりの温度は千二百度。」「たいへん、燃えちゃうわよおっ!!」「千八百度までの熱にだいじょうぶなたい熱タイルが何万まいもびっしりはりつけてあるから安全だよ。」
 無事地球に帰還したX号。ドン太君やみっちゃんはこれまでの無重力状態から地球の重力の世界に帰ったので 体が重くてヘトヘトに。*7

スペースシャトル大活やく!!

 スペースシャトルの活躍をもっと知りたいドン太君らは,博士の自宅(?)をたずねる。アストロスコープ(宇宙大望遠鏡)やガリレオ木星探査機など,スペースシャトルと関係が深い宇宙計画の説明や,宇宙飛行士になる資格の解説。「やせすぎふとりすぎもだめ…とかいてある。」「た、たいへん、げんりょうしなくっちゃ。」

実現する夢 新しい21世紀へ
人間が宇宙に住む計画
宇宙島の楽しい宇宙生活

 未来において実現が予想される宇宙ステーション,月の資源計画,宇宙コロニーや宇宙島などの見開きイラストが示され,その詳細の解説が漫画で行われる(後述,特徴参照)

宇宙旅行・宇宙生活・クイズコーナー

 宇宙博士のともだち(らしい)クイズ博士が,宇宙生活に関するいろんな質問をクイズ形式で出題。(初期ひみつシリーズの質問箱のようなコーナー)

特徴

 本書はひみつシリーズ中期の名作の一つです。楠氏の描くキャラの面白さ,ロケットや設備などを擬人化したキャラたちの親しみやすさなど,まんが自体が優れていることはもちろんですが,宇宙生活やスペースシャトルなどの本書の題材自体が,小学生〜中学生あたりの科学や宇宙が好きな子供たちの心をグッとつかんで離しません。

自分も宇宙に行きたい!と思わせる

 特に,宇宙食無重力空間での実験の様子など,これまでの宇宙に関する既刊(宇宙のひみつ)では説明されなかった事項が非常に興味深く,科学教育の題材としても十分に利用できそうです。また,この本を読んでると,「自分も宇宙に行きたい!」とつい思うようになります(実は,この本の影響で 消防のころ 一時真剣に宇宙飛行士になりたいと思ってた……)

宇宙博士のリッチ振りに驚愕

 本書の教師役キャラである宇宙博士ですが,容貌や性格などは他のひみつシリーズと比較してさほど変哲はない*8反面,そのリッチ振りや人望がけっこうすごいです。なにしろ,前述引用の通り,自前のスペースシャトルを持ってますから。(スペースシャトルだけでも相当な金額だが,周辺の設備や着陸用の滑走路などの用地なども含めると……)。しかも,宇宙飛行士を何名か部下(?)に持ってますし。歴代の博士キャラの中でも最高レベルのリッチ振りです。

宇宙島計画の描写

 本書の中でもっとも子供たちへの「科学への希望」を抱かせる章は,「人間が宇宙に住む計画」と「宇宙島の楽しい宇宙生活」です。「人間が宇宙に住む計画」の章では,トーラス型のスタンフォードの宇宙コロニー(スペースコロニー - Wikipediaスタンフォード・トーラスの項参照)の概観や内部の想像図が漫画で説明されます。
「どうしてこんな大きなものを作るのかしら?」と疑問におもうみっちゃんに,「それなんじゃ、今、地球の人口はどんどんふえ続けておる。地球に住む人間の限界は百億といわれる。西暦二〇〇〇年には七十億に達するという計算もある。」「だが,広い宇宙なら住む場所は無限にあるからね」と,宇宙コロニーの意義を説明する博士。さらに,百万人用の〔コロニー〕もあるという博士。驚くみっちゃんやドン太君。オニール博士の宇宙島計画*9が紹介される(以下の引用コマとスペースコロニー - Wikipediaの想像図と比較してみて下さい)。


〔宇宙生活・スペースシャトルのひみつ,昭和56年9月25日,楠高治,P114〕

 そして,「宇宙島の楽しい宇宙生活」の章では,オニールの宇宙島の生活(当然,本書執筆時は実現できてないため,想像上のもの)が示されるのですが,この生活が古きよき時代のSFで描かれる「進歩した未来世界」のようで,読んでて本当に楽しくなります。以下,いくつかその様子を紹介します。


(この他,人力飛行機などもあるらしい)
〔宇宙生活・スペースシャトルのひみつ,昭和56年9月25日,楠高治,P118〕

 宇宙島では気象もコントロールでき,乗り物などもあり,シリンダーの中心では重力が少ないためスポーツで新記録が出せるといった話題が紹介されます。
 また,宇宙島にはイヌや猫やかわいい生き物(カナリヤ,リス,トンボ,モンシロチョウとか)*10や有益な生物(ミツバチ,牛など)をつれてくることや,人間の居住区の周辺の農業地区で野菜などを栽培する様子も描かれます。


〔宇宙生活・スペースシャトルのひみつ,昭和56年9月25日,楠高治,P122〕

 自分は消防のころ,この宇宙島計画がいずれ必ず実現すると,無邪気に信じていました……

バラ色の希望と灰色の現実

 しかし,実際にはこれらの計画が実現する可能性は薄いのではないかと,思い始めております。

地球全体での人口の爆発的増加・資源枯渇などに対する解の一つとして注目されたが、冷戦構造が終結し各国の宇宙開発投資が抑制されていること、特に先進国においては出生率低下傾向が続いていることなどから、今のところ現実のプロジェクトとして具体化してはいない。また、仮に百万人収容できるスペースコロニーを建造できたとしても、世界の人口は一年に8000万人前後増加しているため、一年に80基ものスペースコロニーを建造してやっと人口増加分を吸収できる計算である。さらに、建築材料は月や小惑星から持ってくるとしても、居住する人間は地球から衛星軌道まで運ばねばならない。人数と費用を考慮すると軌道エレベータのような新規の輸送手段が必要である可能性もある。以上のような理由より、費用対効果の面から考えると、人口爆発の解決策として有効であると単純には言えない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%83%BC

 上記の通り,宇宙コロニーとかを建造するゼニもそうですが,どうやって人達を地球から宇宙の軌道まで運ぶのかと(現在のスペースシャトルでは1回の打ち上げでせいぜい数名ほど)。軌道エレベータでも開発しない限り無理です。また,宇宙に棲みたがる人々 - シートン俗物記で指摘されているような問題点もあるし,http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1025302550のように,地球上の砂漠などを改良して人が住めるようにしたほうがずっとコストが低くてすむという問題もあるわけで,宇宙コロニーの実現はかなり難しいといわざるを得ない。
 「宇宙島の楽しい宇宙生活」の章の最終ページで,博士は「宇宙開発はめざましいスピードで進みはじめた。」「地球上の人々が力を合わせれば、(宇宙コロニーなどは)実現することばかりなんだよ」と言っているのですが,いま読み返すとこの希望に満ちた言葉がかなり空しく感じます。子供のころ宇宙生活や宇宙コロニーについて抱いていたバラ色の希望が,灰色の現実に変わったような感触を,いま読み直して感じています。

ツッコミどころ

下品な話題(セクハラ…)

 本書には大きな破綻とかはないのですが,一部ツッコミどころがあります。それは,前述の「宇宙船の中の変わった生活」の章で,宇宙船内でのおならの話題に触れている時の博士の質問。


〔宇宙生活・スペースシャトルのひみつ,昭和56年9月25日,楠高治,P53〕

 赤面するみっちゃんがかわいい(ほんとは「しない」とか言いたかったのだろうが,そういうわけにもいかんのでできるだけ少ない回数にしたいという恥じらいの気持ちが感じられる)。それにしても,この後のページで「アメリカの航空宇宙局でまじめに調べた結果、一人一日に平均三回はおならをし…」とか教えているのだが,答えがわかってるんなら別にドン太君ら聞かんでもええやないかと。
 さらに,博士はこんな質問を。


〔宇宙生活・スペースシャトルのひみつ,昭和56年9月25日,楠高治,P53〕

(絶対わざと聞いとるな,このじじい)こんな感じのセクハラぽいネタが結構あるのがツッコミポイントです。

*1:1981年4月12日の,実際の打ち上げの様子の写真が用いられていた

*2:軌道船

*3:ジェミニ宇宙船打ち上げでは宇宙飛行士に10Gものショックがかかった件

*4:なぜスペースシャトルなのに数年前のスカイラブ計画のシャワーがあるのかなぞだが

*5:一見トロそうにみえて,なにげにいろいろなことに挑戦するドン太君はけっこうすごい

*6:シャトルから脱出せざるを得なくなった場合,人員が宇宙空間に逃れて救援を待つためのもの

*7:「宇宙のひみつ」ではこういう要素は描かれなかったので,妙にリアリティを感じた

*8:変哲があるのは鳥のひみつのトッチャンドリやトンチンカン科学教室のおじさんとかの種

*9:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%83%BC の「シリンダー型」の項参照

*10:モンシロチョウはいいのか?キャベツ食い荒らすと思うが